個人的に藤井四段の発言では、「今は勝敗が偏っている状態で、いずれ平均への回帰が起きるのではないかと思っています」というのが衝撃でした。中学生の口から『平均への回帰』という統計学用語(田口は知らなかった笑)が出てくる事がまず驚きですし、自分自身を客観的に見ていることにも凄みを感じます。
ということで藤井四段の終盤について語ろうと思いますが、その前に初心者~初級者でもわかるように将棋の終盤の見方を軽く説明しようと思います。
図1:29連勝目の対増田四段戦 78手目△6三玉
図1は藤井四段が前人未到の29連勝を決めた時の終盤戦で、手前側が藤井四段です。序盤は増田四段が上手く指してペースを握ったものの中盤で藤井四段が上手く攻めの主導権を奪って反転攻勢し、この局面は藤井四段がはっきり優勢となっています。
では何故この局面は藤井四段が優勢だと田口ごときの棋力でも言えるのか。ソフトの評価値を見て言っているわけではありません。今増田四段が指したところなので手番は藤井四段です。もし増田四段が何も指してこないとしたらあと何手で増田四段の王将が詰むか考えてみましょう。
1手目 ▲3一角成
↓
2手目 ▲6一銀
↓
▲6四金 にて後手玉が詰み
将棋の終盤戦では詰ますまでに王手以外の手が何手必要かを数えることが極めて重要になります。図1の局面では王手以外の手は▲3一角成、▲6一銀の2手必要でした。藤井四段は図1の局面から▲3一角成と指しました。これで藤井四段は詰ますのに必要な王手以外の手はあと1手になりました。
一方▲3一角成と指された後手の増田四段は藤井四段を詰ますのに何手かかるでしょうか。
1手目 △2八飛
↓
2手目 △8七飛成
↓
△7八銀▲同金△同龍 にて詰み
ということで増田四段は先手玉を詰ますのに必要な王手以外の手は△2八飛、△8七飛成の2手です。ですので、もし一直線にお互いが詰まし合おうとすると、
図2:図1から一直線に攻めあった場合の仮定
図2の通り、先手の▲6四金の方が後手の△7八銀よりも1手早いので先手の勝ちになりました。ということで後手は一直線に攻め合うことはできません。
なので図1の局面で後手の考え方は、王将を逃がすなどして相手の攻めを遅らせる、守りながら相手の攻め駒を奪って詰ますのに必要な手数を減らす、守りながら攻めるという一手で二手分の手を指す、といった逆転の手を指さなければいけないのですが、少なくとも田口レベルではそんな手が全然思いつかないので藤井四段が優勢だといえるわけです。
図1の局面は比較的わかりやすい局面ですが、これ以上に複雑な局面でも藤井四段はこの終盤の速度計算がとても速く正確で、少しでもリードを奪うときっちり勝ち切る力を備えています。
終盤の基本的な考え方を見た所で、いよいよ藤井四段の終盤を具体的に見ていきましょう。やはり藤井四段の終盤を語る上で欠かせないのが20連勝目の対澤田六段戦だと思います。
図3:20連勝目対澤田六段 110手目△6七と
局面は(パッと見)最終盤で後手の澤田六段は次に△7八とや△7八銀などあらゆる詰まし筋があります。ですので、藤井四段は詰ますしかなさそうに見えますが、田口レベルでは当たり前のように詰みは発見できないですし、対局を見ている他のプロもソフトも詰みを発見できません。連勝記録もこれで終わりかと思われました。
しかし藤井四段は詰将棋選手権で小学校6年生の時から三連覇している※1 プロの中でもダントツの詰まし屋です。なのでもしかしたら…という声もある中で藤井四段は恐るべき狙いを秘めていました。
図4:120手目 △6四玉 最善の受けを続ける澤田六段
図3から王手ラッシュで10手進んで図4です。田口レベルではうっかり詰まされそうな藤井四段の王手ラッシュにも澤田六段は正確に対応し、やはり後手玉は詰まないか…となった時の次の一手が…
図5:鬼手、▲7六桂
現在の羽生三冠はどう見ても不利という局面から怪しい手を指していつの間にか逆転することから、その逆転の布石となるような手を「羽生マジック」と呼ぶことがあるのですが、この▲7六桂は完全に羽生マジックのそれだと思います。
この▲7六桂は王手なので受けなければいけません。△同金、△7五玉、△6五玉の3択ですが、この時澤田六段は時間を使い切ってしまったため1手1分以内に指さなければいけません。澤田六段は今絶好調でトッププロに引けをとらない棋力を持っていますがその澤田六段でも1分で正解を読み切るのは至難の業です。
澤田六段は△同金と桂馬を取りましたが、これがとてつもない罠でした。次に▲6七歩とと金を払われると後手の攻めが一気に難しくなるのです。
例えば△6七金とすれば次に△7八銀▲8八玉△8五飛から詰ます狙いはありますが、それには▲5五銀△7五玉▲6六金(図6)とすると、後手の攻める駒が先手玉の周りからいなくなってしまいます。
図6:△6七金が咎められるの図(△同金は▲同銀が王手、逃げても▲6七金)
ですので、澤田六段は△6七金ではなく▲5五銀を予め防ぎながら王手をかける△4六角という攻防手を放ちましたが、その後お互いに攻防手を繰り出し合う難解な終盤戦を藤井四段が見事に勝ち切りました。
戻って図5の局面では△同金ではなく△7五玉と逃げれば後手の勝ちルートだったとのことですが、この▲7六桂という手で多くの将棋ファンが藤井四段の才能を確信したものと思います(というか田口がそうでした)。
他にも語りたい棋譜はたくさんある(特に連勝が途切れた後の中田功七段戦!)のですが、とりあえず藤井四段の終盤力についてまとめると
・詰将棋がプロの中で一番速い→とにかく詰む詰まないの局面の読みが速い
・終盤の速度計算が正確無比
・羽生マジックを彷彿とさせる逆転術を既に備えている
今回の記事ではこれくらいですが、他にも
・読みが深くて正確なのでパット見危ない局面でも平気で突っ込んでいける
・一直線に勝ちに踏むこむこともあれば手堅く安全勝ちを目指すこともある多彩さ
藤井四段の凄さを語りたいことは沢山あるので藤井四段について語らいあえる人を田口は募集しております笑
今後の藤井四段の成長を楽しみにしつつ、自分も少しでも藤井四段の棋力に近づけるように将棋を楽しんで続けていけたらなぁと思います。
※詰将棋選手権は毎年1回行われているプロ・アマ問わず参加できる大会で、例年プロ棋士か詰将棋作家が優勝している中、小学生が優勝したということで将棋ファンの間で話題になった。中学生になっても藤井四段は詰将棋選手権で圧倒的な成績を収めて優勝を続けている。