図1:25手目 後手四間飛車穴熊に対し居飛車穴熊で対抗
今回田口は先手である。今回の相手は四間飛車穴熊戦法を採用してきた。この戦法は広瀬八段が一時期採用して勝ち星を多く稼ぎ、王位のタイトルを取る原動力となった戦法だ。この戦法に対し、田口は堅さ負けしない穴熊で対抗することにした。
穴熊囲いというのは王手がかかりにくいという長所がある反面、逃げ道が少ないというデメリットもある。つまり、受けのことをあまり考えずに攻めに専念したい人のための囲いであると言える。
図2:33手目 何気ない手▲7八金
アマチュア有段者における振り飛車穴熊の駒組みから攻め方は広瀬八段の考え方が広く浸透している。早めに△5四銀と上がってから飛車を振り直すのはまさに広瀬イズムの典型と言って良い。
この攻めの形に対して田口は6九の金を7八に移動した。7九に移動する手とどっちが良いかというのをネットで何回も指して比較した結果7八に金を移動したほうが良いのではないかと現在は考えている。この何気ない一手にも多くの経験値が盛り込まれている。
図3:42手目 松尾流穴熊許さじの△4一飛
先手も右桂を飛ばして開戦の準備が整ったが、すぐには仕掛けない。田口の狙いは5七にいた銀を7九に運ぶことである。銀が7九まで進んだ形は松尾流穴熊と呼ばれ、プロ間ではこの形まで組めると勝率8割と言われる。銀が7九まで移動できるのも先ほどの▲7八金のメリットの一つである。
後手としては簡単に松尾流穴熊に組ませては勝てなくなってしまう。そこで、薄くなった4筋を攻める△4一飛というのは理に適っている。しかし、田口の狙いは玉を固めるだけではない。ここから先手は▲2四歩△同歩▲6五歩と仕掛けるのも狙いだった。このとき飛車が6筋にいると同歩で飛車先の歩が伸びるので容易ではないが、飛車が4筋にズレたのでこの仕掛けを決行しやすくなったのである。
図4:53手目 ▲2二飛成は一手遅い飛成だが…
お互いに飛車を成りあって図4の局面になった。後手の方が先に飛車を成ったが取れる駒が玉と反対側の香車くらいしかないのに対し、先手龍は守りの5二の金取りになっており、これを受けなければならない。
よって先手の方が攻めが一手早いため、先手が有利になっている。後手としては単純な飛車の成合いは避けなければならなかった。相穴熊戦の場合、中盤にリードを奪われると玉の逃げ道がない分逆転が起きにくいと思う。
図5:69手目 安全勝ちを目指しすぎた▲7九香
相穴熊戦の場合、角の価値が低く、金と交換する手が頻出する。先手の次の狙いは▲6一角成だが、その一手が来る前に後手も猛攻を開始した。
△5六角と守りの要の7八金を食いちぎろうとする手に対して▲7九香と受けたが、疑問手だったかもしれない。(そもそも攻め方もおかしかったのでなんとも言えないが)
それでも△7八角成と食いちぎられたほうが個人的には嫌な展開だったが、後手はそれだけでは攻めにならないと判断して△1九龍と香車を補充したがこれが敗着だと思う。一手緩んだことで攻めのターンが先手に移り、後手は苦しくなった。
図6:89手目 田口、徹底して7二の地点を狙う
振り飛車穴熊を横から攻める際の急所は7二の地点を攻めることである。なぜなら8二にいる銀は横には利いていないからだ。
図6は後手はちゃんとした穴熊の形になっているが先手が勝勢なのだ。先手の6三の歩が後手陣に強烈なプレッシャーを与えている。例えば7二の地点を受けようと△6一角と受けると、▲7二金△同角▲6二歩成で後手はジリ貧である。
本譜はこのあと受けがないと見て攻めて来られたが、先手が明確に一手速く、そのまま勝ちになった。
相穴熊戦は一見するとがっぷり四つの長期戦になりそうに見えるが、実際は中盤で勝負が決しかねないスリリングな戦型なのである。こういう終盤力が絡まない戦型は田口の得意とするところなのでこのような戦型を指すプレーヤーが増えて欲しいと密かに願っている。